ノルウェー語講師・青木順子さんのエッセイ
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2011年7月22日

7月22日は金曜日でした。夜遅くなってそろそろ寝ようと、PCを落とそうとしたら
Facebookにメッセージが。「ノルウェーの官庁街で大規模な爆破」という
ニュースのリンクが貼ってありました。眠い目をこすりながら、記事を読むと、
つい6月に歩いたばかりの官庁街一帯が大規模な爆破事件に巻き込まれたそうです。
「こんな事件がノルウェーで・・・・」驚きながら、そしてテロ事件の可能性を感じながら、
その日は眠りにつきました。

爆破される前の官庁街

翌朝。PCを起動するとYahooニュースの「ノルウェーで銃乱射。死亡80人」
というにわかに信じがたいヘッドラインが飛び込んできました。と同時に、
サイト宛てのメールに幾つかの翻訳会社からテレビの映像翻訳の仕事依頼が
送られてきていることに気づきます。しかし、レッスンが重なっていたので、
お断りの返信を書いて対応しながら、ノルウェーのニュースをネットサーフィンしました。
そこには、前夜よりもっと凄惨な事件がつづられていたのです。

日本でも大きく報道されたので、おそらくみなさんご存知かと思いますが、
ウート島で開催された労働党青年支部のキャンプに、男が銃で乱射。
たくさんの若い命が奪われたのです。「そんな・・・信じられない」と混乱した思いで、
ノルウェー語のニュースを読んでいきました。そして現在、32歳ノルウェー人男性の
容疑者が審理中です。ノルウェーおよびヨーロッパのイスラム化を阻止する、という
目的のもと、まず大規模なテロで注目を引き、「マニフェスト」を公開することによって、
自らの正当性を主張しています。

政党キャンペーン

ノルウェーについてあまり知識のない方から見れば、「ノルウェー、こんな怖い国なの?」
と不安に思われたことでしょう。そして、ここまで人を殺戮しなければならないほどに、
この国の移民問題は切迫していた、と印象づけられたかもしれません。

しかし、ノルウェーは時に「退屈」と感じるくらい、事件らしい事件もない平和な国でした。
移民については、もっと制限しようと主張する人々が存在していたことは事実ですが、
でもこれほどまでに暴力的な手段で実現しようとした人は、容疑者以外に存在していたか、
大いに疑問です。

小学生たちの街中ツア―」

さてこうした大惨事がなければ、ノルウェーはのんびりした夏休みシーズンの真っ最中でした。
新聞も薄くなり、テレビの放送時間も短くなって、国をあげてのお休みモードに入っていた
のに・・・。この事件によって新聞を始めとするメディアは、連日、異例のフル回転状態です。

国王をはじめ、首相や閣僚たちも事件を受けて、積極的にアクションを起こしています。
特に、ストルテンバルク首相は、事件後の会見で「暴力に対する答えは、民主主義を
さらに強固なものにすることだということを、相手をもっと思いやることが暴力に対する
答えだということを、示さなければなりません。」と断言し、「目には目の」報復ではなく、
さらなる民主主義の国づくりを目指すことを鮮明にしました。これは首相だけではなく、
一般の人々の世論からも、「より寛容な社会づくりを」「もっと民主主義の国を」との声が
広がっている様子がFacebookのコメント欄などで散見されます。

国会議事堂前

オスロや、国内各地の街には追悼のシンボルとして手向けられたバラの花々やろうそくが
溢れ、ノルウェーの人々が事件をきっかけに団結して立ち向かおうとしている様が見て
取れます。そこに宗教の壁はありません。 イスラム教の人々も追悼に加わっています。 
私自身、長年ノルウェーに関わってきましたが、今回改めてノルウェーの人々の強さと
暖かさを痛感しています。そして、「ノルウェー」という国が好きで良かったと心から思いました。

オスロを埋め尽くす追悼の花とろうそく

今年、日本は大震災、ノルウェーは大規模テロと、共に国家的な大惨事が起きました。
悲しみは大きいですが、よりよい国づくりを目指して、お互いに希望を捨てずに一歩一歩、
進んでいきたいですね。

次回のサロンは9月17日(土)開催です。
タイトルは「ノルウェー人のライフスタイル~旅先で出会った人々の事例から~」。

6月のノルウェーツアーで出会ったノルウェー人たちを通し、彼らの多様なライフスタイル
についてご紹介したいと思います。ぜひみなさまのご参加をお待ちしています☆